アメリカンオプティカルの偏光サングラスと歴史

アメリカンオプティカル偏光サングラス
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

アメリカンオプティカル(American Optical)は、製品性能の良さなどを理由にアメリカ政府からも一任する老舗アイウェアブランドブランドです。
アメリカの歴史的重要人物マルコム・X(黒人公民権運動活動家)のアイウエアもAO製であったと記録されております。

アメリカでの貢献

AmericanOpticalは、母国アメリカの発展に大いに貢献してきました。
眼鏡フレームはもちろん、光学レンズ、保護シールド、偏光サングラスなどの分野ではいち早く新たな開発を行う傍ら、アメリカン オプティカル社は精密機器から医学・自動車・軍事関連の分野にまで製品ならびにパーツ製造での供給者となりました。

アメリカンオプティカル社の発展により、マサチューセッツ州サウスブリッジは光学製品の長い歴史が残っております。
その最盛期にはアメリカン・オプティカル社は6,000人以上の雇用し、生産の多くは第二次世界大戦中のアメリカ国の防衛精密部品となっていた。
アメリカン オプティカル社の技術が、アメリカにとっても重要な位置づけとなっていたため特例でAmerican Optical社に務める労働者は懲役を免除されたほどです。

アメリカンオプティカルの歴史

アメリカンオプチカルは、1833年に宝石商であったウィリアム・ビーカー(William Beecher)が創業。
マサチューセッツ州のサウスブリッジにて、ウィリアムが経営する宝飾店の2階でスターリングシルバーフレームの制作をスタートする。

1843年に初めてスチール製のフレームの製造に成功し、製品のパフォーマンス向上となった。
元々ジュエリーからのスタートであったため、フレームと言えばシルバー925素材のため高価であった。
この技術向上により、これまで貴族や富裕層にのみ愛用されていた宝飾メガネから、一般国民の手に届くメガネを仕上げることができ、新しいニーズの開幕となりました。

1862年には、ウィリアムビーカーが引退する。
その後、18歳の機械学の天才児と呼ばれたジョージ・ウェルス(George Wells)が
アメリカン オプチカルに入社する。

ジョージウェルスの登場により、生産効率が良くなかったアメリカンオプティカル社の改革が始まります。
サングラスフレームの部品、レンプル部品などを自動で型取り、削り出した後に研磨をかけるなど数々の自動機械を自社にて発明する。
また、レンズについてもジョージウェルス自身が研究を進めて、いくつもの特許を取得します。

今ではよく見受けられる全くリムの無いフレームデザインのサングラスや眼鏡。
これらは、1874年に初めてAmericanOptical社が「リムレスレンズ」を発明した事により世の中に普及しました。

1891年には、金メッキ技術も取り入れ「ゴールドフィルド」フレームが登場する。
このGOLD FILLED技術は、1907年に自社製造できるまでに発展します。
ジョージウェルスの功績によって、メガネやサングラスの製造開発は飛躍的な発展を遂げました。

AO社は1930年に「フルビュー」と呼ばれる新たなスタイルを発表する。
当時のアームは、レンズ中央でのスタイルでありましたが、フルビューはレンズ中央よりやや上部に取り付ける技術です。
これらの技術は主力眼鏡メーカーまでもがAO社にライセンス使用料を支払い、フルビューフレームの製造を行っておりました。
AO社以外のメーカーでもフレームに「FUL-VUE」と刻印がされているのは、このライセンスによるものです。

アメリカンオプティカル ヴィンテージ。
ファッション分野だけでなく、AO社はアメリカ軍へ貢献するために、パイロット用のゴーグル「フライとゴーグル58」を開発する。
現在では、FGオリジナル・パイロットサングラスと名称を変更。

軍隊標準採用されたゴーグルの成功により、1969年アポロ11号にて、司令官二ール・アームストロング氏が月面着陸の際にAO社のサングラスを使用した。
その時に使用されたサングラスは、首都ワシントンのミソニアン・エアー・スペース博物館に現在も展示されております。

メディアでの登場

AO社のサングラスは、様々な場面でも登場しており日本テレビ系「蘇える金狼」松田優作さんが愛用されています。
蘇える金狼は、SMAPの香取慎吾さん版も制作されています。

また、海外ではラスベガスで開催された映画「トランセンデンス」プレミア会場で、ジョニーデップさんがAmericanOptical vintageを愛用。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事 偏光サングラスとは?8つの利点をガチ解説!

関連記事

ページ上部へ戻る